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12+1~treize/02【Is*Geof】

※この小説は、画集『12+1~treize【維持】』(完売済)に収録されたものを、完売後一定期間(約三年)を開けた後にWeb掲載するものです。

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『treize』は当初きっちりと話を固めてしまうのではなく、想像し創造する余地を持たせる作品にしようとしていた為に、treizeの世界観やキャラクターの人物像と関係性を伝えるように書いたお話です。

キャラクターについては、イラストの記事で少し説明してあります。

【創造】【維持】【破壊】

今回は、画集の第二集【維持】に登場するIsとGeofのお話…



作:琥誉啓人


 いつまで経っても、この空気には馴染めない。
 空気、そう、空気だ。
 鼻腔に入れてしまえば最後、"お上品"な匂いが粘膜にこびり付いて、嗽をしようが鼻を咬もうが、葡萄を剥いた後の指先の染みみたいに、取れやしない。

 「おや、これはこれは隊長殿…」

 やたらと甲高い声に似合わず、たっぷりと脂肪を蓄えた腹を揺らしたのは、何とか子爵と言う肩書きを持った能無しだ。
長ったらしく気取った名前の方は覚える気もないが、何かにつけて爵位を強調し、その度に、パンパンに布が張ったズボンに納め切れずにはみ出した腹が、尚も弾力を主張して揺れるので、その動きと『子爵』が結び付いて摺り込まれてしまっている。
膨れ上がって下瞼を押し上げている頬を高潮させ、大柄な自分との背丈の差を埋めようと躍起になっているかの如く、大袈裟な身振りで何やら話し掛けて来る『通行の障害物』は、磨き上げられてはいるが使い込まれて古くなったブーツの先で蹴り上げてやれば、難なくバランスを崩して、この小者が嬉々として闊歩する宮廷の廊下を無様に転がる事だろう。

「…それでですね、実はあの方の御母君は公爵家の御血筋であられるとか。それと言うのもですねっ!…」

何を興奮しているのか、何に興奮しているのか、栄養の行き渡った男の肌は益々活き活きと赤味を増して行く。葡萄酒の銘柄と、肉に合う香辛料の名前しか覚えられそうもない肥えた男の脳味噌には、よくもまあ覚え切れるものだと感心してしまう程、他人の噂話が詰め込まれている。そして自らを、他人を言い表す時には、父の母の祖父の祖母の従兄弟の誰某の、と、血縁のある者とその身分を引き合いに出すのだ。まるで本人が立てた武勲でもあるかの様に。

つくづく、この中は空気が悪い。
清清しい朝、活気溢れる昼、歓喜と不安の満ちる夜。変り行く空の色さえ、まるで聖堂の天井に嵌め込まれた絵に見えて。美しいと言えば確かに、美辞麗句を尽くすに値するのだろうが、それを乗せる舌は、どうにも乾いて味気が無い。

感覚が、麻痺して行く…





 「見ろ、ギューフ。あの立派な門、あの高い塔を。当代の匠が技の限りを尽くして飾り立てた城を。」

未だ自分が定住する地も持たずに居た頃、師とも、姉とも、母とも呼べる人が後方を歩く自分を振り返らぬ侭にそう言って、顎を上げて見せた。
それに従い、雑踏の中、大人達の背丈を忌々しく思いながらも、高い城壁の向こう、更に高く聳える姿を見上げれば、遠目ながらも荘厳な建物は、まるで別世界の物だと感じられた。

「あの中で暮らしたいと思うか?」

瑞々しく凛とした声は、柔らかい響を醸し出す類の物では無かったが、常に自分の心に真っ直ぐに届き、導いてくれる物だった。この人の言葉にこそ、自分は導かれるのだと信じて、安堵出来る物だった。

「嫌だ。」

コッ

と、足元に転がった小石を蹴飛ばせば、底が抜け掛けた靴を引っ掛けた足の裏から、厳しい冬が近い事を思わせる冷気が入り込んで来て、ぶるりと背が震えた。

「そうか。」

問われた事に期待される答えを探すのは、この女の最も嫌う所だった。だから、自分は思った侭を口にした。そして、それは何時でも真っ直ぐに受け止めてもらえた。

「うん。」

ぶるり

もう一度、体が思い出したみたいに震えれば、何処かで少女がくしゃみをする音が耳に届いた。季節季節に似合わしい服を持たない人々。

「あの塀の中には、飢えは無い。」

思いがけず差し伸べられた掌は、確かに女物のしなやかさを具えていたが、その節々に存在を主張する固い皮膚の塊が、並々ならぬ境遇とその力を暗示していた。

「身を凍らせる寒さも、腐った水の臭いも、皸の痛みも無い。」

ゆっくりと、しかし無駄のない動きで、女にしてはかなりの長身を折り、自分と目線が合う高さ迄屈み込んで覗き込むその双眸は、一所で体を休める事の出来ない日々の為に、細く紅い線を幾筋も走らせていたけれど。強く確かな輝きを秘めたそれを、自分は、どんなに高価な宝石よりも貴く美しいと思っていた。そして、その至高の宝を目の前に出来る自分は、どんなにか誇らしく嬉しく、胸を高鳴らせていたことか。

「…そして、奴等には、真に胸を張って名乗れる名前が無いのさ。」

にやり

誰だったか、この女の皮肉気な笑みを、「女のするもんじゃあねえな。」と揶揄していた。しかし、自分はこの笑みが大好きだった。
この女の全てが、大好きだった。

「奴等は、常に何かの"囲い"の中に居ないと不安なんだよ。」

わしり

凝ってしまった固まりがあちらこちらに出来た髪に差し入れられた指も、頭を撫でてくれる掌も、暖を伝えられる程の熱を持ってはいなかった。街中に立つ白粉を纏った女達の様に飾られた訳でも無いのに、確かに人を惹き付ける女の顔越しには、薄鼠色の空が垂れ下がり、生きる、その為に必要な熱さえも奪って行こうとするかの如く、不気味な気配を漂わせていた。

「…かこ…いっ?」

くしゃんっ

何度目かの身震いは、糸が切れて崩れ落ちる出来の悪い操り人形を思わせる動きを伴う盛大なくしゃみを誘い、その光景は、どうやら女の表情を和らげる作用を齎したのだった。常から纏っている厳しい雰囲気が崩れれば、ハッとする程にうら若い顔が現れる。

「そう、囲い、さ。」

不意に、柔らかい圧力と、媚びの無い葉巻の匂いに包み込まれた。
決して上等とは言えない外套は、二人で包まれば、隙間から忍び込む冷気に侵食されて行くのを防げなかったが、確かに、そこは温かかった。
その腕の囲いの中は、確かに温かかったのだ。

「城の囲い、身分の囲い、家門の囲い、血縁の囲い。そんな囲いを作り上げて、囲まれて、自分の内も外も見えなくなっているのさ。」

静かな声で、けれど確りと耳に届いたその言葉の意味を、未だ子供だった自分は理解する事が出来なかったけれど。

「人は誰でも、常に何かの囲いに捕らわれて生きている。だけど、その囲いの外には、ずっと大きな世界が広がっている。そして、それを知っている奴は、いつだってその気になれば、自分を閉じ込めた囲いの中から飛び出すことが出来るんだ。」

忘れるな。

ばさり

それまでの静けさを打ち消す音と共に、全身を叩く寒さと街の喧騒。一瞬、呆気に取られた自分の視界の中心には、際立って鮮明に映る背の伸びた義賊の歳若い女長の姿。

「付いて来い。新しい靴を買いに行くぞ。」





 カッ



 一つ、



踏み鳴らした踵、その音に、自分でも知らぬ間にあの女の癖を真似しているのだと、ふと気付いた。この足が蹴るのは、上等な石材で拵えられた目にも美しい宮殿の回廊。絢爛なる城壁の内の世界。

 カッ

もう一度、故意に大きく踵を鳴らし、背の中心に意識をやりながら姿勢を正せば、歪んだ囲いの中に沈殿した甘ったるい匂いすら払われて行く様で。爽快に晴れて行く視界の中で、流石にその場の空気が変った事に気付いた、先程よりも小さく縮こまって見える何とか子爵が、何か言いたげに分厚い唇を開いては閉じていた。

「失礼子爵、見回りが有りますので。」

わざと爵位を強調して言い放てば、どこか不満げに、しかし安堵を感じたかに見える気味の悪い笑みを浮かべて、必要以上に華美な衣装を身に付けた男は、昔何処かの見世物小屋で見た道化師の様な動きで、進路を阻んでいた身体をずらした。

「おお、それでは隊長、またの機会に…」

小さく、会釈をする事で応えながら、顎を上げて前へ進む。すれ違い様に垣間見た益々小さな男の顔は、何処も彼処も締まりを無くした脂肪に覆われ、その胸焼けしそうな笑顔を形作るには、成る程、大層似合いに見えた。
名も、顔も、残る事の無い男。
自ら嬉々として囲いに捕らわれ、その事にすら気付く事が出来ず…
いつの日か、その囲いが崩されたとしたら、その時、裸になったこの男は、自らを何と語るのだろうか。

そして、

自分は?

「………」

ギュウ

と目を閉じれば、耳に甦るあの方の声。

誰よりも貴く、何者にも代え難い方。
今すぐに、お目にかかりたい。そして、自分の名を呼んで欲しい。

不意に過ぎる衝動は、易々と叶えられる物ではなく、嫌と言う程思い知っているその現実の重さで、痛み出そうとする心の凝りを奥底に沈める。
自分は未だ、囲いを飛び越える足を持っているのだろうか。
上等な靴を履けば履く程、この歩みは重く鈍くなって行く様に感じられると言うのに。

「アンスール様…」





iji.jpg



 「あの港の栄え方は見物だな。事実上異国人の居留が認められている様なものだ。目の色から髪の色、肌の色まで、何でも御座れと言う感じさ。」

「物だけではなく、知も取り入れられると言う事か…成る程、彼の地の領主は見る目を持っているな。」

クイ

と、琥珀色の液体を飲み干して、黒髪の美丈夫はさも面白そうに喉を鳴らした。その風体は下級貴族の道楽息子と言った感じだったが、身から漂う品は、其処此処に転がる輩とは明らかに質を逸し、左右異なる色の双眸には、底知れぬ知性が湛えられていた。
切欠は、笑ってしまう程、自分にとっては日常茶飯事的な出来事で。けれど、其処に本来ならば交わることも無いだろう彼が居た事から、この不可思議な友情が始まった。
元より身形等は気にする事は無いが、この比類なき男の傍らに在らんとする女は、どんなにか上等なドレスを身に纏い、鮮やかな紅で唇を彩ろうとする事だろう。
燻らせていた葉巻を、それを受ける為の物となっている小皿に押し付けて消せば、先に落とされていた煙管の灰に、自分よりも前にこの席に居た誰かの存在をふと思った。

「異国を恐れてそれを遠ざけようと躍起になればなる程、その脅威は増大するばかりさ。目を閉じて耳を塞ぎ、口を噤んでしまう時こそ、人は最大の敵に襲われるんだ。」

誰にとも無く語られる言葉は、決してそれでは無いと言うのに、艶めいた褥での甘美な囁きの響きを持っている。

「最大の敵?」

「…そう、どんな脅威よりも抗い難く、決して消え去る事の無い、生涯向い合って行かなければならない、敵。」

カラン

と鳴ったのは、酒場の日常に溶け込む、氷と硝子の奏でる音。それを楽しむ様に何度か片手に持ったグラスを回して、宮廷の宝物庫にでも仕舞い込まれている至高の芸術品の如き容姿を持つ男は、ゆったりとした仕草で空いた片手を己の左胸に置いた。

「自分自身、さ。」

恐怖、不安、疑念、嫉妬…

「内に篭った弱さって物は、自らを食い物にして、あっと言う間に増殖して心を支配して行く。そして、それが落とす闇はどんどん濃くなって、人を盲目にして行くのさ。」

暗い暗い押し潰されそうな闇の中で、手探りで掴もうとしている物が何だったかすら分からなくなって…

「それでも…外には灯りが燈っている。アンタは知っているだろう。」

僅かに見開かれた切れ長の双眸は、まるで話している相手が居ることに、たった今、気付いたかの如く揺れて、直後、穏やかだが力強い芯を持つ光を浮かべた。

「そうだな。君と言う灯火もある。イス…」

こんな場所には似合わない、優雅な仕草で重ねられた男の手を、力は込めずに払い除ければ、同様の、しかし嫌味の無い軽さで肩を竦めて見せるから、男と女でありながら保ち続けているこの距離が、煩わしい物思いを齎す事は無いのだろう。それすらも、この男の駆け引きの手腕に因るのだと思えば、悔しくもあり、偶にはもどかしく感じる事もあるけれど…

「…そう言えば、」

慣れない心情を振り払うかの様に口を開けば、それだけで何かを察して、にこりと大袈裟に作られた笑顔でさえ、並の女ならば眩暈を起してしまいそうだ。

「相変わらずさ。」

「…そうか。」

様子を、尋ねるつもりなど無かった。仲間として、弟として、息子として育てた少年は、自らの意思で進むべき道を決めて歩いている。

「あいつも、また、俺を照らしてくれている灯火の一つさ。」

思いがけない台詞に、手を伸ばしかけていた酒の小瓶を不自然に指先が掠め、中を満たす液体が細かい泡を浮かび上がらせながら不安定に揺れた。

「…俺のことを名前で呼ぶ者も、少なくなった。」

いつの間にか、
名も顔も知らぬ者からさえも、定められた称号で呼ばれるようになり、
じわじわと漆喰で塗り込められて行く日々はいつしか、その下に埋もれた自分の顔さえも思い出せない様になって行く感覚を齎し。

「人は…」

掴み所の無い表情を浮かべた男を目の前にした時、急激に浮上して来た記憶の中に居たのは、紛れも無く未だ少年だった頃のギューフの姿。

「人は誰でも、常に何かの囲いに捕らわれて生きている。だけど、その囲いの外には、ずっと大きな世界が広がっている。そして、それを知っている奴は、いつだってその気になれば、自分を閉じ込めた囲いの中から飛び出すことが出来るんだ。」

告げた言葉が含んでいたのは、胸に抱く信念と、切なる願い。

「…さて、そろそろ行くよ。」

グイ

と僅かに残った発泡酒を煽れば、最早気が抜けて温くなったそれは、ただ苦く喉を通過するだけの液体だったが、今は、それを飲み干すことが必要だった。
酒代を置いて立ち上がり、背を伸ばす。真っ直ぐに。

「顔ぐらい見せてやれば良いじゃないか。」

先程の呟きを、どう言う意味で受け止めたのか、見送りに立ち上がろうとするのを制された男は、常と変らぬ様子に戻ってそう言った。

「…会いたきゃ会いに来るだろ。同じ地面に立ってるんだからさ。」

アンタと同じにね。

ばさり

翻したマント。一つ、踵を鳴らして歩き出せば、振り返らずに進むべき道は何処までも続いている。何処にでも、行ける。

いつの日か、再び逢い見える事もあるだろう。


「ギューフ。」




~fin.~
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[ 2009/09/19 22:45 ] オリジナル-小説 | Track back(-) | Comment(-)








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